世界的に環境問題への取り組みが叫ばれている昨今、観光の分野でも持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)への取り組みが活発化しています。この記事では、持続可能な観光の定義や広まった背景、実施するメリット・デメリットを紹介します。持続可能な観光を始めるための課題や具体的な事例も紹介しますので、ぜひご覧ください。
Tourism1.5 ~ツーリズムフォワード~(Vol.1)「持続可能な観光」
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持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)とは
国連世界観光機関(UNWTO)によれば、サステナブル・ツーリズムとは「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」を意味します。言い換えれば、旅行者、観光関係事業者、受け入れ地域にとって、「環境」「文化」「経済」の観点で、持続可能かつ発展性のある観光を目指すということです。
(出典:日本政府観光局(JNTO)ウェブサイト)
ニューツーリズム・エコツーリズム・グリーンツーリズムの違い
持続可能な観光を意味するサステナブルツーリズムは、地域の観光資源を持続的に保てる観光業の取り組み全体の考え方です。同義語として、ニューツーリズムやエコツーリズム、グリーンツーリズムも良く耳にする言葉です。ただし、これらはサステナブルツーリズムを実践していくための具体的な手法であり、サステナブルツーリズムの理念を前提としています。
ニューツーリズムは従来のように観ることだけを目的としておらず、テーマ性の高い体験や交流を重視した新しい旅行形態です。エコツーリズムは地域の自然や文化の魅力を伝えながら、観光客も巻き込んで地域の資源を保全しようとする取り組み、グリーンツーリズムは農村や漁村地域に特化した観光形態を表しています。
持続可能な観光が広まった背景
時代の変化とともに観光形態の多様化が進んでいますが、持続可能な観光が広まっているのにはそれなりの理由があります。
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マスツーリズムによる弊害
持続可能な観光が注目されるようになった背景には、マスツーリズムがあります。マスツーリズムは戦後の経済発展により、先進国で広がった観光の大衆化です。マスツーリズムは経済の活性化や幅広い層の人々が旅行を楽しめるようになったというメリットがあります。一方で、過度な商業化が原因で自然環境や地域文化が破壊される地域が続出しています。
SDGsの広まり
SDGsは地球を持続可能なものにするための国際目標として、2015年に採択されました。持続可能な観光は、17の目標のほぼすべてに関連していることもあり、SDGsの広まりとともに注目されるようになっています。
持続可能な観光のメリット
持続可能な観光に取り組むことで得られるメリットは少なくありません。以下の段落で2つのメリットを紹介します。
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環境に配慮することで自然や地域文化が守られる
持続可能な観光では、地域への配慮は欠かせません。実際には観光だけではなく、現代人の生活の多くが環境破壊に関与しています。そのため、持続可能な観光を推進することは、結果的に自然や地域文化を守ることにもつながります。
新たな需要が創出できる
持続可能な観光はSDGsとも深く関連しています。SDGsの取り組みは広く知られるようになり、環境に配慮する観光客が増加することが予想されているのもメリットです。実際にサステナブルな宿泊施設を選ぶ観光客が増えているため、顧客満足度の向上も期待できます。
持続可能な観光のデメリット・課題
上記のようなメリットがある持続可能な観光も、デメリットがないわけではありません。持続可能な観光のデメリットや課題も紹介します。
長期的視点の必要性
観光業が盛り上がるのはメリットですが、持続可能な観光を推進していくためには、長期的な視点が求められます。政策や事業計画なども、中長期で検討していく必要があります。長期的な視点と、短期的な経済利益のバランスを取りつつ、持続性を確保することが求められています。
ステークホルダーとの連携が求められる
ステークホルダーとは、事業に対して間接的に関わる人々です。持続可能な観光を進めるためには、必要な概念をステークホルダーと共有できている必要があります。地域住民とも協力しなければならず、ステークホルダーとの間で理解を深めることが課題です。
JTBが取組む持続可能な観光の事例
ここからは、実際に行われている持続可能な観光の事例を7つ紹介します。それぞれの取り組み方や課題を参考にしてください。
CASE01チャーター船で島をつなぐ、島を楽しむ!
「瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス(SICS)」
瀬戸内を旅行する際、旅のプランに合わせたチャーター船の提案から現地コーディネートまでをワンストップで提供するサービスです。島が点在する瀬戸内では交通アクセスの問題や二次交通の不十分さ、旅程調整の難しさ、観光資源が知られていないなどの課題がありました。事例では島と島の行き来がしやすいこともあって利用者から高評価を受け、関係機関からも多くの期待が寄せられています。
CASE02街づくりを担う人材を育成する地域リーダー育成講座開講!
地域活性化のためには農業の後継者不足問題や将来を見据えた人材育成のほか、地域資源を活かしたファンド開拓や寺社仏閣の観光PRなどが課題でした。「地域リーダー育成講座」は、未来を担う人材育成のために開設された事例です。これからの街づくりを引っ張っていく人材の育成に取り組み、20代から70代まで、50名の申し込みがありました。
CASE03農泊(農山漁村滞在型旅行)×ワーケーションの推進
日本では農山漁村の少子高齢化や農業・漁業の担い手不足などの課題を抱えており、コロナ禍における農山漁村への旅行に関する意識調査が実施されました。調査結果では若い世代で地域との交流やワーケーションへの関心が高かったことから、20~30代の女性をターゲットとした「農泊×ワーケーション」の特集ページを作成しています。
CASE041300年、誰も見ることのなかった景色を着地型観光プログラムに!
「雲仙仁田峠プレミアムナイト」
訪日観光客とともに、国内旅行需要もターゲットにした観光プログラムの開発事例です。課題は雲仙地区の宿泊需要と観光消費を促進する観光プログラムを開発するとともに、地域活性化に欠かせない関係者の誇りや愛着、おもてなしの育成でした。実際に地域の関係者が協力して開発・運営し、これまでは立ち入れなかった雲仙の豊かな自然と歴史を体感できる心温まるプログラムとなりました。
CASE05阿智村を星の村へ!「天空の楽園」日本一の星空ナイトツアー
阿智村は夏に観光客が少なく、地域を活かした観光振興や独自の魅力・資源の発掘、旅行商品の開発や効果的なプロモーションが課題でした。そこで地域の人にとっては見慣れた美しい星空を観光素材として、日本一の星空ナイトツアー「天空の楽園」を実施しました。その結果、「スタービレッジ阿智(星の村)」として、地域ブランドを確立できています。
CASE06震災復興ツーリズムとは? 「今だから見てほしい熊本城」
~震災の現状・復興への歩みを伝える「学びのプログラム」の開発~
熊本城再建を復興のシンボルとする熊本では、震災復興ツーリズムの団体旅行プログラム開発や販売スキームの構築、地元産品や文化に触れてもらう仕組み作りを課題としていました。そこで被害エリアの視察や地産地消の昼食、ショッピングを盛り込んだプログラムで復興支援を実施し、2019年には2,000名が参加しています。結果的に経済効果が得られ、震災の教訓も県外に伝えられました。
CASE07阿寒カムイルミナ&ロストカムイ~阿寒湖の森ナイトウォーク、
アイヌ古式舞踊とデジタルアートの融合
阿寒湖では滞在型観光の促進に加えて、アイヌ文化の尊重が課題として挙がっていました。そこでアイヌとの共同制作による体験型ナイトウォーク「カムイルミナ」と、アイヌの古式舞踊などを体感できる「ロストカムイ」の開発に至っています。2つの取り組みから相乗効果が生まれ、観光消費を促すとともに、アイヌ文化の価値向上にも寄与しています。
持続可能な観光の具体的な取り組み
持続可能な観光を実施するためには、配慮しなければならないこともあります。具体的な取り組みとして、以下に挙げる7点には注意が必要です。
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01地域住民への配慮を心がける
持続可能な観光を成功させるためには、観光客だけに注意を向けるのではなく、地域住民への配慮が重要です。観光が盛んになることで多くの旅行者が訪れ、住民の暮らしを妨げる事態が発生することも考えられるため、マナーを徹底する必要があります。住民の暮らしを守ったうえで地域の伝統やイベントを活性化させ、住民と観光客の双方が快適に過ごせる観光開発を目指すことが大切です。
02自然への負担を軽減する
風景が美しいからといって不用意に自然へ足を踏み入れると自然を壊す可能性があるなど、観光地化が進むことで問題が生じることもあります。自然に悪影響が及んでは、持続可能な観光とはいえません。入場数の制限など、自然への影響を最小限に抑える方策を検討したり、禁止事項がある場合は明確に示したりすることが大切です。
03排ガスの削減に取り組む
観光地化が進むと、交通機関の稼働も増加します。環境への影響を抑えるためにはバスやタクシーなどを電気自動車や天然ガス車に変更するなど、排ガスの削減に努めることも大事です。また、自家用車の進入制限を設ける代わりに、シャトルバスの運行や自転車移動の推奨などを検討すると排ガスの削減につながり、結果的に環境負担の軽減にもなります。
04ゴミの持ち帰り、分別を徹底する
観光が盛んになって人が集まると、その分ゴミが出るのも避けられません。観光客にはゴミをポイ捨てせずに持ち帰ってもらう、分別して正しく処分できるような仕組みを整えるなど、持続可能な観光を実現するための対策が必要です。また、観光客各自がそれぞれ基本的なマナーを徹底して守ってくれるような管理も必要になります。
05宿泊施設にサステナブルな商品を取り入れる
宿泊施設にも、環境にやさしいサステナブルな商品を取り入れることは可能です。例えば、リネン類やアメニティなどをサステナブルな商品にすることができます。また、オーガニック食材を用いたり、食材の現地調達を重視して地産地消を目指したりすることで、地域の資源を活用しながら観光客に地域のよさを感じてもらえる取り組みになります。
06伝統文化を継承し、観光に組み込む
伝統文化はその地域の大事な資産であり、観光客にとっては魅力に感じます。そのため、地域ならではの文化や伝統を尊重し、地元の祭りやイベントを観光に活かす取り組みも大事です。観光客に知ってもらうだけにとどまらず、伝統文化の継承にもつながります。宿泊施設で地元の名産を提供したり、伝統工芸品の販売や体験を行ったりするのもおすすめです。
07データの利活用で、ロスをなくす
観光は天気や天候などで人の流れが変わることも珍しくありません。経験や勘だけに頼るのではなく、天気や人流、宿泊予測などの観光に関するデータを活用することで、より効果的で持続可能な観光の実現に役立ちます。例えば来訪客数を予測できれば、商品の仕入やスタッフの配置などを無駄なく行い、ロスを減らすことも可能です。
まとめ
マスツーリズムの弊害やSDGsの広まりを背景として、持続可能な観光への取り組みが活発化しています。持続可能な観光は長期的視点の必要性やステークホルダーとの連携など課題もありますが、地域の自然や文化に配慮しながら観光業が成り立つ仕組みです。
持続可能な観光に取り組む際は地域住民への配慮や自然への負担軽減など、気をつけるべき点がいくつかありますが、実際に成果を上げている取り組みも増えています。新型コロナウイルスの世界的流行を経て、経済や社会の構造、人々の暮らしにも大きな変化がありました。
SDGsの広まりによって観光客の意識も変わりつつあり、今後は持続可能な観光への需要も高まることが予想されます。持続可能な観光への取り組みに向けて、今後の旅行・観光への展望やSDGsに関する意識調査の結果も意識してみてはいかがでしょうか。