価値観が多様化し、市場が急激に変化しているため、企業はそれらに柔軟に対応する必要があります。その一例が人的資本の情報開示です。人的資本の情報開示を行えば、企業価値を向上できる可能性があります。この記事では、人的資本の情報開示の概要とともに、日本や世界の動向を解説します。国際ガイドラインのISO30414の内容や他企業の事例もご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。(本記事は、2022年8月31日時点の情報をもとに記載しています。)
INDEX
人的資本の定義とは
人的資本とは、人材を企業が保有する資本のひとつとして捉える考え方です。資本である人材に投資すれば、新しい価値の創造につながるとされています。具体的には、教育や訓練を実施して人材に知識やスキルを身につけさせ、自社の発展に貢献してもらうことを表しています。
従来、人材は資本ではなく資源のひとつとして捉えられていました。人材を資源と捉える場合、なるべく少ない人材を効率的に管理することが重視されます。
関連用語人的資本経営
人材を資本と捉える経営方針は、人的資本経営と呼ばれます。人的資本経営は、資本である人材がもつ価値を可能な限り引き出し、中長期的に企業そのものの価値を向上させる経営手法です。
人的資本の情報開示が求められる背景とは
人的資本経営を行ううえでは、人的資本の情報開示が求められます。人的資本の情報開示とは、人材戦略をさまざまな角度から明確に社内外へ示すことです。人的資本の情報開示が求められている背景には、さまざまな事情があります。以下では、人的資本の情報開示が求められる背景について、詳しく説明します。
背景01投資家からの要求
近年、投資家の多くが企業に対して人的資本に関する情報開示を求めるようになりました。リーマンショックにより、財務諸表だけでは企業の価値を正確に評価できないという事実が明るみになったため、投資家は人的資本を財務情報以外にチェックすべき情報のひとつと捉えています。投資家の要望に応えるため、人的資本の情報開示に取り組む企業が多くなりました。
背景02ESG投資やSDGsへの関心の高まり
ESG投資に対する関心が高まったことも、人的資本の情報開示が重視されるようになった背景のひとつです。ESGは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字をとったものであり、投資判断を行う際の観点として重視され始めています。投資家のそのような考えの変化から、人的資本を含む幅広い情報を開示する企業が増えてきました。
また、世界的なSDGsへの関心の高まりも要因のひとつです。SDGsとは「Sustainable Development Goals」の略であり、持続可能な開発目標を表しています。2015年に開催された国連サミットで採択され、加盟国が達成を目指しています。SDGsに沿って企業を評価するための基準のひとつとして、人的資本経営に関する取り組みが重視されるようになりました。
背景03人材マネジメントの目的の変化
すでに触れたとおり、人材はもともと資源として捉えられていましたが、現在では人材が資本として捉えられるようになってきています。人材マネジメントの目的が、効率的な管理から新たな価値創造のための投資へと変化していることも人材に関する情報開示に注目が集まるようになった理由のひとつです。
背景04経済産業省によるレポートの公表
経済産業省は、2020年9月に人的資本の情報開示に関するレポートを公表しています。このレポートでは、人的資本の情報開示の重要性が示されています。具体的な内容が記されており、国内の企業が積極的に人的資本の情報開示に取り組むきっかけになりました。レポートの公表後も、経済産業省は人的資本経営の実現に向けた検討会を開催しています。
人的資本の情報開示における日本と世界の動向の違い
人的資本の情報開示の動向は、日本と世界で違いがあります。ここでは、それぞれの動きについて解説します。
世界の動き
ヨーロッパでは、もともとサステナビリティや環境保全に対する関心が高く、ESG投資が浸透していました。よって、人的資本の情報開示も積極的に行われてきました。また、アメリカではリーマンショックに伴い、人的資本の情報開示が重視されるようになっています。
世界の動向を受け、2018年12月には国際標準化機構(ISO)がISO30414を策定しました。欧米では、ISO30414に基づいて人的資本の情報開示に取り組む企業が多くなっています。ISO30414の詳細については後述します。そちらもご覧ください。
また、2020年8月には米国証券取引委員会(SEC)が人的資本の情報開示を上場企業の義務としました。これにより、各企業の人的資本経営の状況を確認しやすくなりました。
日本の動き
日本でも人的資本の情報開示に取り組む企業は徐々に増えていますが、世界と比較すると遅れをとっている状況です。2020年代に入ると、日本でもようやく人的資本の情報開示に向けた取り組みを官公庁が主導するようになりました。
すでに触れたとおり、経済産業省は2020年9月に人的資本の情報開示に関するレポートを公表しています。このレポートは一橋大学の特任教授の伊藤邦雄氏を筆頭に作成されたため、「人材版伊藤レポート」と呼ばれています。
また、2021年6月には、上場企業の企業統治の指針を示すコーポレート・ガバナンスコードが改訂されました。さらに、2021年9月には、非財務情報の開示指針研究会が発足しています。
人的資本の情報開示を行う企業のメリットとは
人的資本の情報開示を行うと、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。具体的なメリットについて解説します。
積極的な投資を得られる
人的資本の情報開示は、投資家にとって有益な判断材料のひとつになります。企業の人的資本経営を重視して投資先を検討する投資家が多くなっており、人的資本の情報開示の有無によって投資を受けられるかどうかが左右される場合もあります。開示した内容によっては、より積極的に投資してもらえる可能性もあります。
企業価値の向上につながる
企業が人的資本の情報開示に着手すれば、自然と人材の育成やサポートにも力が入ります。その結果、社員の知識やスキルのレベルが高まり、業務の効率や生産性も向上しやすくなります。人的資本の情報開示には、間接的に企業全体の価値を高める効果があります。
人的資本の情報開示における国際ガイドライン「ISO30414」とは
国際標準化機構(ISO)は、2018年12月に人的資本の情報開示における国際ガイドラインであるISO30414を発表しました。国際標準化機構(ISO)とは、国際的な商取引の標準を定める非政府機関であり、世界中の国々の標準化組織によって構成されています。
ISO30414における人的資本の情報開示の定義は、企業が人材戦略を社内外に向けて明確に示すことです。ISO30414の目的は、2つに大別できます。投資家が企業の人的資本の状況を正しく把握できるようにすることと、企業の成長を維持することです。企業がISO30414に沿って人的資本の情報開示に取り組めば、これらの目的を達成できます。
ISO30414の項目一覧
ISO30414では人的資本の情報開示について11領域が示されており、全部で49の項目があります。実際に何を開示するかについては、企業や組織が自由に決められます。ISO30414が示す具体的な領域と項目は、以下のとおりです。
領域 | 項目(例) |
---|---|
倫理・コンプライアンス | 懲戒処分の数・種類など |
コスト | 採用コスト、人件費など |
ダイバーシティ | 経営陣や社員の多様性など |
リーダーシップ | 経営層への信頼や管理職ごとの部下の数など |
組織文化 | 従業員満足度、エンゲージメントなど |
組織の健康・安全 | 労災件数、発生率など |
生産性 | 社員1人あたりの売上・利益など |
採用・異動・離職 | 採用にかかる平均日数、離職率、内部異動数など |
スキル・能力 | 研修の参加率、社員1人あたりの研修時間など |
後継者の育成 | 後継者準備率、後継者の継承準備度など |
労働力 | 総社員数、社外労働者数、欠勤数など |
ISO30414を取得する流れ
企業がISO30414の認証を取得するには、認証機関の審査に合格する必要があります。取得範囲を決めて自社の体制を整え、内部監査を行ったうえで審査を受けます。取得にかかる期間や費用は、以下のとおりです。
取得にかかる期間
ISO30414の認証の取得にかかる期間の目安は、6ヶ月から1年程度です。実際の期間は、企業や組織によって異なります。
取得費用
ISO30414を取得するには、審査費用が必要です。審査費用は認証機関ごとに定められています。また、ISO30414の取得後に認証を維持するには、更新費用も必要です。更新は1年ごとに行われるため、更新費用も毎年支払わなければなりません。
なお、ISO30414の認証を取得するためにコンサルティングを受けることも考えられます。その場合、審査費用とは別にコンサルティング費用もかかります。
人的資本の情報開示に取り組む企業の事例を紹介
日本国内でも人的資本の情報開示に取り組む企業が増えています。以下では、具体的な事例を紹介します。
企業事例01ダイバーシティの推進を目指す取り組み
ある保険会社は、人的資本の情報開示の取り組みとして有価証券報告書に非財務情報を記載しています。記載されているのは、例えば、女性の管理職の割合や男性社員の育児休業取得率などの情報です。ダイバーシティを推進し、どのような人材でも活躍しやすい環境の実現を目的としています。
企業事例02ジェンダー平等を目指した取り組み
通信システムを開発しているある企業は、ジェンダーの平等に配慮して採用を進めるために人的資本の情報開示を行っています。具体的には、有価証券報告書に幹部職に占める女性の割合を記載しており、女性の活躍について数値で把握できるようにしました。また、グローバルな観点からも女性の活躍について言及しています。
まとめ
世界では人材を資源ではなく資本と捉える考え方が広まっており、日本国内でもその傾向が強まりつつあります。今後、企業価値を維持向上させるためには、人的資本経営に積極的に取り組むことが大切です。そのうえではISO30414の取得も選択肢のひとつとなります。
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