コロナ禍をきっかけにリモートワークが加速し、多様で柔軟な働き方に注目が集まる昨今。多様な働き方の実現や従業員個人の学び、社内コミュニケーション活性化のために「ワーケーション」を検討する企業が増えてきています。今回は、2021年7月に株式会社JTBと株式会社タナベ経営が開催した「ワーケーション導入の効果と企業経営 ~ワーケーションが生み出す新たな企業価値~」のセミナーレポートをお届けします。多様な働き方の実現や組織変革、社内のコミュニケーション活性化など、コロナ禍の経営課題を解決する一助となれば幸いです。
WEBセミナー開催概要
- セミナー名
- ワーケーション導入の効果と企業経営 ~ワーケーションが生み出す新たな企業価値~
- 日時
- 2021年7月21日(水) 16:30~18:00
- 主催者
- 株式会社JTB、株式会社タナベ経営(共催)
登壇者と講演テーマ
第一部基調講演
企業経営の視点からのワーケーションの効用と課題 ~「隠れワーケーター」はなぜ生まれるのか?~
- 講師
- 山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科長 教授
田中 敦(たなか あつし)氏
第二部パネルディスカッション
- ワーケーション推進による企業価値のつくり方
- スノーピークの取組事例
- タナベ経営から見た地域企業の現状
- トークセッション
- パネラー
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株式会社スノーピークビジネスソリューションズ 取締役
マーケティング戦略室 室長
藤本 洋介(ふじもと ようすけ) 氏株式会社タナベ経営 経営コンサルティング本部 東北支社 副支社長
日下部 聡 (くさかべ さとし)氏
- モデレーター
- 株式会社JTB総合研究所 主席研究員
山下 真輝(やました まさき)氏
企業経営の視点からのワーケーションの効用と課題
第一部では、観光庁「『新たな旅のスタイル』企業向けパンフレット」の作成に監修者として直接関わった山梨大学の田中教授から、企業経営の視点からのワーケーションの効用や「隠れワーケーター」等の課題について講演いただきました。
ワーケーションとは何か
■就労時間・場所によるワーケーションの概念の整理
田中教授らの研究によると、狭義のワーケーションは「従業員が(自らの休暇期間中に)、本人の意思において雇用主の承認のもとに、通常指定された勤務先や自宅以外の場所でテレワーク等を活用して仕事をすること」、広義では「個人が主体的に選択する、日常的な仕事(ワーク)に非日常的な休暇(バケーション)の感覚を埋め込んだ、柔軟な働き方」と定義されています。
欧米では「レジャーとビジネスの両方を行うハイブリッドタイプの旅行」として捉えられているワーケーション。これに対し、日本におけるワーケーションは「ツーリズム」ではなく「働き方」の観点から多く語られているのが特徴です。
4つのステークホルダーとそれぞれの期待と課題
■4つのステークホルダーの期待度サーモメーター(現在)
ワーケーション導入には「行政・地域」「関連事業者」「従業員・働き手」「制度導入企業」という4つのステークホルダーが存在します。
行政・地域、関連事業者、働き手の期待度は高い
ワーケーション受け入れに積極的な地域には「交流人口から関係人口※を増やすことで地域課題を解決したい」という思いがあり、各地で「都心からのアクセスの良さ」「豊かな自然」など地域の特性を活かした展開が進められています。サービスを提供する事業者側も、定額制住み放題サービスや高級ホテル×サービスアパートメント事業など新規参入が活発です。
企業で働く従業員には「仕事とプライベートは切り分けたい」「仕事に休暇を付けるのは気が引ける」などポジティブに捉えていない人もいる一方で、「旅行先での仕事が業務として認められれば休暇が取りやすくなる」と期待する声もあります。
交流人口と関係人口
「交流人口」とはその地域に住んでいる人(定住人口又は居住人口)に対する概念で、目的を問わずその地域に訪れる人々のことです。「関係人口」とは、地域や地域の人々と継続的に多様に関わる人々を指し、定住人口が減少傾向にある地方では、交流人口の拡大から地域の活力を取り戻そうとする動きが広がっています。
企業の期待度が低い理由
地域や事業者、従業員のワーケーション熱が高まりを見せる中、ワーケーションを導入している企業の割合はいまだ低い数値に留まったままです。田中教授は、ワーケーション導入企業が増えない理由の一つとして、経営的な価値や従業員のメリットが経営側に十分に浸透していないことがあると分析しています。
確かに、コロナ禍以前の企業にはテレワークのインフラがない、労務管理上のグレーゾーンが多いなど、ワーケーション導入にはさまざまな課題がありました。しかし、現在はテレワーク環境が多くの従業員に行きわたり、厚生労働省のガイドライン※においてもワーケーションがテレワークの一形態として位置付けられるなど、労務管理上の課題もクリアになりつつあります。
令和3年3月「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」
ワーケーションの経営効果とワーケーターの行動特性
ワーケーション導入によって期待できる経営効果には次のようなものがあります。
経営効果01働く場所を適切に、自主的に選ぶことでパフォーマンスが向上する
従業員のパフォーマンスは働く場所と相関があり、働く場所を適切に、自主的に選ぶことでより高い生産性を保てることが国内外の研究で明らかになっています。また、パフォーマンスが高い人ほどワーケーションへの好意度が高く、自律性、越境学習をしたいという志向も強いことも人事戦略上見逃せないポイントです。
経営効果02企業の枠組みを超えた交流により、さまざまな新規事業が生まれる
サテライトオフィスでは、企業間の緩やかな連携が進んだり、部門を超えたディスカッション、コミュニケーションでイノベーションが生まれたりした事例も多く報告されています。
経営効果03さまざまな優秀な人財を抱えることで経営課題を解決する
従業員のスキルアップや人脈拡大のために副業(複業)を認める企業が増えていますが、ワーケーションは副業(複業)とも親和性が高い概念です。ワーケーション先での経験が従業員に新たな発想を生み、多様な考え方を取り入れた組織は風通しも良くなります。
働く場所の自由度を高めることで生まれるもの
優秀人財の確保は経営課題です。近年のさまざまな調査では、大学生が企業選びで重視するポイントの上位に「福利厚生の充実」が挙がっているほか(※1)、18~34歳の6割以上が「より多くの休暇をもらえるなら仕事を変えてもよい」と感じている(※2)ことが明らかになっています。「休暇的な要素が就職・転職のきっかけになる」ことは、経営側も意識しておく必要があると言えます。
講演の最後には、会社の承認を得ないままワーケーションをしている「隠れワーケーター」が増加傾向にあることも紹介されました。コロナ収束後、テレワーク制度を残すかどうかは未定という企業も少なくありませんが、多様な働き方・休み方を広げることで創出される経営効果を考えると、テレワークの一形態としてワーケーションを推進することの意義もイメージしやすくなるのではないでしょうか。
1 出典:マイナビ 2021年卒大学生就職意識調査(2020年4月)
2 出典:Expedia 世界19ヶ国 有給休暇・国際比較調査2019(2020年7月)
ワーケーション推進による企業価値のつくり方
第二部では、ワーケーションについて深い知見をお持ちのゲストのリアルなお話を伺いながら、企業の具体的な実施事例を踏まえたワーケーションのアイデアや今後解決していくべき課題に関して議論が交わされました。
ワーケーション×チームビルディングの可能性
キャンプフィールドの中に本社があるスノーピーク社は、「人間性の回復」に着目したサテライトオフィスや研修プログラムの開発を手掛けています。
中でも注目すべき施設は、開放的な自然の中で仕事ができる「CAMPING OFFICE」です。この場所でのミーティングは、何もないキャンプサイトにメンバーで会議室を作る(テントを張る)ことから始まります。スノーピークビジネスソリューションズの藤本氏は、開放的な自然の中で会議した方が笑顔が多くなるという実証実験の結果を踏まえ、「会議室では『まじめに考えて』と一蹴される一言が『いいこと言うね』と新しいアイデアにつながる」と会議の内容にも変化があることに言及しました。
さらに藤本氏からは「第一次アウトドアブームがあったので、若手より50代の方が動けることもある」と意外なお話も。焚火を囲んで語り合うプログラムでは「中長期的なビジョンが一人一人に落ちていく」という感想も多く挙がっているそうです。
「合宿型」のワーケーションでは、目的と環境が合致していることがポイントです。仲間でディスカッションしたい場合には、外部のコミュニケーションを遮断できる貸し切り空間や非日常空間を選んでみてはいかがでしょうか。上司、部下の垣根を越えた良質なコミュニケーションは、風通しの良い組織づくりにも好影響を及ぼします。
休暇型(福利厚生型)のワーケーションを推進するには
多様な働き方・休み方を認めるうえでは、有給休暇を活用してテレワークを行う「休暇型」ワーケーションの導入も検討を進めたいところです。しかし、職種や部署によって取り組みやすさが異なることが、企業がワーケーションの導入をためらう要因になっています。
田中教授は、接客業など人と人が対面で行う職種であっても全体の業務の2割程度は一人で没頭する作業であるという事実をもとに、「職種で取り組みやすさを二分するのではなく、業務にフィットするタイミングで、年に1・2回のワーケーションを実施するなら可能性が広がるのでは」とワーケーションの対象となる従業員像に新たな視点を加えました。
数々の企業のコンサルティング実績を持つタナベ経営の日下部氏からは、ワーケーション導入に対する経営者の声として「ただゆるくなってしまうのでは」という意見が多いことが紹介されました。日下部氏は「業務フローを見直す、プロセスを分解する、平準化するという作業はワーケーション導入に限らずDX推進や働き方の最適化でも重要である」としたうえで、ビジネスモデルはこう、オペレーションはこうと凝り固まっている企業は、経営層から意識改革を行うことがブレイクスルーの近道であると述べています。
ワーケーション導入と企業価値の相関性
「企業価値」と聞くと売上や利益といった経済的価値に意識が向いてしまいがちですが、これからの企業経営には経済的価値(利益)と社会的価値(社会に必要とされる)を掛け合わせて企業価値を高めていく視点が重要です。
パネルディスカッションの最後には、各ゲストからワーケーションと「企業価値」の関係について意見がまとめられました。
- 藤本氏
- 企業価値を考えるうえで「人」は重要なファクターです。DXなども進む今、働く環境の改善や選択肢を広げることに取り組むことが職場改善、業務改善につながるのではないでしょうか。
- 日下部氏
- 従業員の働き方・休み方改革に真摯に取り組んでいる企業は外からの見え方も違います。ワーケーションにこだわらず多様な働き方を認めることが、企業のブランディングになり、結果として経済的価値や社会的価値に結び付くことも期待できます。
- 田中教授
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企業が働く場所の自由を広げていった結果、ワーケーションが選べるようになり、隠れワーケーターが消滅するのが正しい方向と考えています。やるかやらないかではなく、徐々に働く場所の自由度を広げる、ワーケーションをやりたい人、できる人を支えていく取り組みが、従業員のポテンシャルを引き上げるためにも、優秀な人財確保のためにも重要です。
従業員が自由な場所で、自立して働き、その場所で心理的な安全が確保できること、さまざまなイノベーションが生み出される、そんなことを普通にするために「ワーケーション」を一つのキーワードとして積極的に取り組んでほしいと思います。
まとめ
働く場所の自由度を高めることが企業価値に結び付く
ワーケーションの導入で働く場所の自由度を高めることは、従業員の生産性向上や優秀人財の確保だけでなく、業務改善やDX推進、ブランディングなど、さまざまな角度から企業価値に結び付きます。ワーケーションには今回紹介した実施形態のほか、従業員が滞在地域の住民と地域課題の解決をともに考える「地域課題解決型」もあり、企業と地域との交流によりさまざまなアイデアや価値が生まれることも期待されています。
従業員の自律や新たな価値創造を推進するためにも、自社に適したワーケーション制度の導入を検討してみてはいかがでしょうか。